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マスコミさんに言わせてもらいます ニュース記事に関連したブログ

2012/05/09 10:33

 

今PTA執行部の活動がモーレツに忙しい。イザにエントリーする心の余裕もない状態だけれど、この件でどうしても言いたいことがある。

 

家事をしながら、問題のyoutubeを最後まで聞いた。聞いているうちにフツフツと怒りが込み上げてきた。

ネットが一般化するまでは、こんな質問をするような記者が書いた記事を読んだり、報道番組のディレクターが作り上げたテレビをみて、私たちは彼らの意図する方へと思考を誘導されていたのだということを再確認した。橋下氏に自分がほしい言葉を引き出すために質問を繰り返しているのがみえみえではないか。

こうしてマスコミ人や学校の教師にイデオロギーを押し付けられてきた(いる)のだと思うと、怒りを通り越して憎しみの感情さえ湧き上がってくる。

 

このイザ記事の書き方も同じ。

市長と記者のやり取りの一部始終を見ていて、なぜ、さも橋下市長の方が一方的に悪いような書き方ができるのだろうか。おそらく多くの一般人があの会見を記事にしたら、こんなふうにはならないだろう。

けれども実際はyoutubeを見ていない人はこんな記事に誘導されていく。

 

 

それから、MBSさんに言いたいこと。

『権力チェック』をするというのなら、自社の新館を建てるにあたり

大阪市から助成金なんか受けなさんな!

 

<参考>

大阪市のホームページより

 

(株)毎日放送本社新館を助成対象として決定しました


(株)毎日放送本社新館の概要 (pdf, 8.47KB)

 

   助成見込額 : 約 1億7,200 万円

 

 

もちろんこれが決まったのは、平松前市長のとき。

平松氏の出身はMBS。

 

これで、もし平松氏が再選されていたとしたら権力チェックできたというの?

 

 

助成金はもちろん税金だ。

市民は税金が投入されたテレビ局の、こんなにも自らのイデオロギーに支配されたマスコミ人が作り出すテレビをみさされるという、底抜けにバカげた構図。

 

 

マスコミが公人の『権力チェック』をする役割があるというなら、

私たち一般人は、ネットを通じてマスコミの『権力チェック』をする時代がきた。

 

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今やマスコミ人の常識、日本の非常識 ニュース記事に関連したブログ

2012/04/26 09:57

 

マスコミ人とは、裏方も表に出るキャスター、コメンテーター、学者、知識人もひっくるめている。これらの人がどんな屁理屈をこねて伝えようが、解説しようが、今や一般人とて、事実をありのままみて、そこに実際に何が起こっているか、そして今後どうなるのか、どう対処していくべきかという現実を重ね合わせて考える。いくらマスコミ人たちが世論をあるひとつの方向に持っていきたくても難しい状況だ。それでも同じような論調を垂れ流してしまう彼らが哀れだ。哀れすぎる。賢い人たちの集まりだろうに、どこに学習能力というものを置き忘れてしまったのだろう。

 

昔は大卒のインテリが少なかった。

今の世は大卒者ばかり。しかもその人たちは日本経済を支えている実践者たち。本で得た知識や耳でかじった情報だけでなく、自分たちの手で稼いで、ダメならコケるというリスクを負った人たちや、会社で汗水をたらして働くものたちだ。

自身の主義や考えをさも当たり前のように発信するマスコミ人や、公ではなく自身の利益を追求する政治家や行政マン、子どものためと言いつつ自身のイデオロギーを子どもに押し付けようとする教師たち。高給に手厚い手当、福祉。彼らと彼ら以外では実際見ている世界が違うのだ。そういう恵まれた人たちが作り上げてきた虚構を、一般人は今冷ややかにみている。

 

石原都知事の尖閣諸島購入の報道は、産経新聞を除きそのほとんどが批判的なものだったようだ。けれどもネット、つまりパソコンを情報媒体として使う層では違う反応を見せている。都にはこの件に関する電話やメールでの意見が寄せられているが、その9割が支持するというものらしい。

 

何を信じ、どんな情報を選択するか。

ネットが広がり、私たち一般人もやっと『情報選択の自由』を手にすることができた。マスコミが切り取って流す記事ではなく、本人が語ったことが動画でカットされることなく見られる。おかしな記事にも、これまでのように本人が泣き寝入りせず、やろうと思えば反論する手段もある。マスコミがあえて伝えない重大な情報をネットではじめて知ることも少なくない。

 

こうした情報環境の変化の中で、マスコミはますますその姿勢が問われることになる。マスコミ人たちの常識は、既に日本人の非常識になりつつあることを真剣に省みることをお勧めする。

 

 

 

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またもうごめきはじめた『人権救済法案』 ニュース記事に関連したブログ

2012/04/07 12:19

 

消費税問題をめぐるしょうもないゴタゴタの陰で、またしても出てきた『人権救済法案』。4月20日の閣議決定を目指し調整中とのこと(4月3日産経記事より)です。

自公政権時代は『人権擁護法案』として提出されたが反対派議員によって見送られました。今回は『人権救済機関設置法案』として名前をマイナーチェンジし、増税法案の陰に隠れて密やかに通そうとしています。

 

この法案については、その危険性について何度も書いていますし、まとめサイトなども充実しているのでここでの詳細は避けますが、絶対に通してはいけない法案であることは何度でも強調しておかなければなりません。

 

今回の提出に関してはぼやきくっくりさんの記事、

 

『部落かいほう同盟「解放運動」の犠牲者…人権救済機関設置法案20日閣議決定?』


でしっかりと書かれているので、ぜひともお読み下さいますようお願いします。

(ぼやきくっくりさん、いつもありがとうございます)

 

 

そして今回提出における関連ニュースとして、

 

『人権侵害の救済に全力』 (公明新聞 4月1日付)

 

公明党同和対策等人権問題委員会の西博義副委員長(衆院議員)は31日、大阪市内で開かれた部落解放同盟第69回全国大会に出席し、あいさつした。

この中で西氏は、今国会で提出が見込まれる人権侵害の禁止や救済制度などを定める「人権侵害救済法案」について、与党の方針がいまだ定まっていないことを指摘。

その上で西氏は「何としても今国会で議論し、成立させなければならない」とし、「一日も早く人権侵害を救済する仕組みができるよう、公明党は一致団結し、皆さまと連帯しながら全力で推進していく」と語った。

(引用おわり)

 

『部落かいほう同盟、全国大会が閉幕』 (日本経済新聞 4月1日付

大阪市で開かれていた部落解放同盟(組坂繁之委員長)の全国大会は31日、人権侵害救済法の早期制定を目指す2012年度の運動方針を採択し、閉幕した。 12年度の方針には、東日本大震災の被災地の高齢者や障害者など社会的弱者を中心とした支援を継続することが盛り込まれたほか、インターネットの掲示板な どを利用した差別が広がっているとして、対応策を取ることを確認した。

 12年は部落解放同盟の前身である全国水平社創立90周年に当たり「人と人の関係を豊かにつなぎ直そう」との内容の大会宣言も採択された。〔共同〕

(引用終わり)

 

 

私が大阪維新の会から距離をおこうと思ったのは、こうした闇法案を推進する公明党との連携をはかっているからです。橋下大阪市長をはじめ、松井府知事など、大阪維新の会としては、この法案に対し一体どのようなスタンスをとられるのでしょうか。ついでに言うとみんなの党もそうです。国政ではこうしたことを決めなければなりません。このような闇法案へのスタンスを明確にしないまま国政を語ってほしくありません。

 

 

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おそらく予算消化のため ニュース記事に関連したブログ

2012/04/03 13:15

 

こんなことでもして予算を消化しなければならなかったのでしょうね。いい加減現行の会計方法をかえなきゃ無駄など減らせないだろうなあ。

 

年度末が近づいてくると、国に限らず地方も、国や都道府県、市町村からお金を補助してもらっている団体もその消化に必死です。

 

・・・にしても、あのHPで4500万もらえる会社は羨ましい限り。ちょっと精査してほしいな。

 

 

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いかにも元自民党議員らしい大村知事の発言 ニュース記事に関連したブログ

2012/02/23 09:15

 

ちゃんと検証する姿勢も見せずにただただ「発言を修正せよ」という。日本で「南京大虐殺などなかった」という議論が起こっていることは明確であるにもかかわらずだ。いかにも元自民党議員、しかも元官僚らしい発言にうんざりする。

 

wikiをみれば、大村氏は日中友好議員連盟日韓議員連盟に所属し、パチンコチェーンストア政治アドバイザーなるものもされている。自民党の中でも典型的な媚中&媚韓派だった。民主党はどうしようもないけれど、こうしたことなかれ主義のヘタレ外交の下地を作ったのは紛れも無く彼らのような自民党議員たちである。

 

「南京大虐殺はなかったのではないか」とする発言を修正すると、あちらさんは「修正したということはあったということ」と捉える。このようにして捏造されたプロパガンダの歴史が史実として固定化されていくのをわかって言ってるのだろうか。

 

南京事件慰安婦問題竹島も尖閣も同じ。日本政府としてしっかり検証もせず、まともに非難やら反論やらしないでいるうちに、これらが代々受継がれるように資料館だの大使館前に彫像だのを作られ、彼らの歴史として刻み込まれる。こんなことを繰り返されているというのにまた懲りずに修正せよって?大村氏の感覚を疑う。

 

こうしたプロパガンダの歴史に対し堂々と議論し、論破し、批判、非難をしなければ、国際的にはこれが事実になる。日本ではこれがずっとできずにいた。だから相手がすき放題やってくる。過去に一度でも政府として怒りの感情をあらわにし、しっかりと反論することができていれば、中韓がここまでつけ上がることはなかっただろうにと思う。

 

 

様々な圧力がかかると思うが、河村市長はくれぐれも発言の撤回をしないでいてほしい。私も数年前まで捏造の歴史が堂々と学校で教えられているとは知らなかった。まったく鵜呑みにし、疑いも持たず、「日本は酷い国だ」と思い込んでいた。この件は多少乱暴ではあるが、知らない人たちにも真実はどうなのかを疑うきっかけを与えてくれたことは間違いない。

問題はこうしたことが政府では腰が引けて言えないことだ。しかし、一地方の政治家だからこそ言えることもある。とりあえずはこうした小さなところから崩すしかないのかもしれない。

 

 

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私が維新の会から距離をとろうと思ったワケ ニュース記事に関連したブログ

2012/02/20 20:54

 

前回はちょっと言葉足らずだったので、今回は大阪維新の会の支持を見送ろうと思った理由を補足しておきたい。バカで知性も知識もない私なりに考えた上での選択だ。

 

これまで維新の会が進める政策は、そのほとんどが私も支持できるものだった。今でも市政への鮮やかなメスの入れ方、そのスピード感は素晴らしいと思っているし、大阪の将来に一筋の希望の光が見えはじめ、今後の展開も期待している。しかし維新が国政に手を掛けるというのならばやはり話は変わってくる。これまでのように諸手を上げて支持するわけにはいかない。特に、公明党と連携するならば、ここはしっかりと見極めなければならないと思っている。

というのは、私は維新の会が打ち出す『道州制』や『地方分権の推進』を実現するには、より緻密に練られ、整備された『外交』、『防衛』の指針や枠組みづくりが重要になると考えるからだ。当たり前の話だが、地方に権限を移すということは首長の権限が増大するということ。その首長がいつでも良心的で国家観がしっかりとしている人ばかりだとは限らない。したがって、国でしっかりとしたブレない基準を整え、その範疇で切磋琢磨してもらわなければならない。道州制になれば競争だ。首長はその地を発展させたり再生させることに突き進むわけで、結果的に国益を損なうケースも充分に考えられる。最悪の場合は、あえて売国に走る首長が出てくる可能性もゼロではない。それに対応できる防衛策をも用意する必要が出てくるだろう。それでなくても日本はスパイ天国と言われている。例えば、以前自民党が法案提出して結局は廃案になった『スパイ防止法』も再検討すべきだ。公明党はかつてこの法案に断固反対の立場をとっている。

また、こうして首長の権限が増大する状況下では、公明党が推進する『外国人地方参政権』などは、安易に受け入れられる政策ではない。地方で国の将来を左右するような案件を題材にして争う地方選挙は今でもたくさんある。その選定に、永住権があるといえども外国人が入ることがどれだけ大きい意味を持つか。特にそれが領土問題を抱える関係国の人であったとしたら大問題に発展する可能性も否めない。これらを考慮すればとてもじゃないが、かわいそうだから外国人にも地方参政権をあげるという考えには及ばない。

大阪維新の会と公明党、互いがどういう妥協をして協力関係を持つのかは知らないが、もし私の選挙区で維新の会からの出馬がなく公明党からしか出ないとして、維新推しなら公明党に入れろと言われてもそんな気には到底なれない。

維新の会はイデオロギー色を排除しているのはわかる。しかし国政を担うに当たりそれでいいのか。
公明党は船中八策をすべてのんでいるのだろうか。
いろいろ考えると、とても割り切れない気持ちになる。
 

こうした理由から支持を考え直すことにした。

もしかすると私の考えすぎかもしれない。バカだと言われるかもしれない。けれどもこの胸のモヤモヤが晴れない限り、やはり以前のように無邪気に支持する気にはなれない。


ちなみに私は、維新が掲げた船中八策の中で政治家や評論家のみなさんが批判する『参院廃止』も、『首相公選』も、『地方分権』も、『道州制』も、『ベーシックインカム』も、『年金制度改革』も、だいたいにおいて賛成の立場だ。だからこそ公明党との連携は残念でならない。地方に権限を移譲した後の、国政でなすべき重要な分野、外交、防衛に対する意識の薄さがどうしても気にかかる。正直言って、これはみんなの党にも感じた部分だった。

 

社会保障も経済も最重要課題だ。

けれども、尖閣問題も、竹島も、北方領土も、主権を脅かされている、まさに今そこにある危機。これに言及しないで国政を目指すのはいかがなものか。

 

 

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ならば私は大阪維新の会は支持しない ニュース記事に関連したブログ

2012/02/19 13:01

 

残念だが、もう大阪維新の会の支持はやめることにする。

一度これをすると結局は自民党のようになる。

数を考えると、公明党抜きでは考えられないという構図が出来上がる。

そのうち、政策に公明色が濃くあらわれてくる。

 

旧 人権擁護法案(現 人権救済法案)

外国人地方参政権

 

維新の会がこれらの政策に合意できるというのならば、

もともと私が支持すべき政治集団ではなかっただけの話である。


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男マドンナ?!その設定はあまりにムリがありすぎ~ ニュース記事に関連したブログ

2012/02/05 22:34

 

橋下徹は男マドンナだった!』って。なぜマドンナの再始動にわざわざ橋下氏をかませるかね~。橋下氏の名前を出したかったのかなんなのか、あまりのこじつけの酷さに呆れてしまう。しかもBIGな人物どうし、共通点を好意的にあげているならまだしも、端々に嫌味&悪意たっぷり・・・と思ったら大阪産経ね。ああなるほど納得。大阪産経は前々から橋下氏のことはよくお書きにならず、いつもどこかしら棘がある。

 

性格の悪い私が、この記事にいちいちツッコミを入れてみた。(赤字が筆者ツッコミ

 

=記者があげる二人の共通点=

 

*不遇・抑圧の幼少期…「独裁!」「世界征服!」注目浴び続ける手法

 

時代の表舞台に立って大成功をおさめている人というのは、不遇の幼少期を過ごしている人が多い。2つ前のエントリーでも書いた孫氏も同様。その逆境をバネに大志を抱き、有言実行し、諦めない。こうした人が成功者に多いのは何も特別なことではないはず。

 

*伝統的な価値観に大変な疑問や反発心を抱いてきた

 

こんなものは、どの時代においても若者たちが普通に抱くものであって、二人の共通項としてあげること自体がヘン過ぎる。

 

*世間を見返すため、橋下市長は弁護士兼タレントに、マドンナは歌手になりますが、大勢のライバルの間をするりとすり抜け、おいしいところをかっさらう手法もそっくりです。

 

「おいしいところをかっさらう」というのは、さもラクラクとやってのけているような印象を持たされるが、これをするには情報収集&分析を基にした戦略を立てられる聡明さと、ビッグマウスを成立させるための実力が不可欠。そのためたとえ外からはそんな風に見えなくても人並み外れた努力と工夫をしていることを忘れてはならない。

 

*燃え上がるような野心も同じ。橋下市長はいきなり地方自治の枠組みの破壊につながる「大阪都構想」を高らかにぶち上げ、マドンナは「子供の頃からの目標はひとつ。世界征服よ!」「処女を失うのは、成功の階段を上る手段だと思ってたわ」とメディアに豪語しました。

 

関西の記者だというのにまったくいい加減なことを書くのだから呆れる。橋下氏は「いきなり」大阪都構想をぶち上げたのではない。大阪府知事になって、当初は大阪をよくするためにこれまでの『府市合わせ』状態から脱却し、大阪市と連携して互いに話し合ながらやっていこうとしていた。ところが、ある時を境に平松市長がそっぽをむき出した。橋下氏が府知事として財政を立て直すべく、府と市ですべてが2つある不合理を解消しようと動いたからだ。どちらも財政難に喘いでいるわけだから話し合いに応じてもよかったはずだ。ところが互いの利権が絡んだりぶつかったりすることだったので簡単にはいかなかった。本来こうした話し合いがスムーズに進められていれば、おそらく大阪都構想というたいそうな話までは出なかった。高らかにぶち上げたのは、もともとは大阪発展を阻害する足の引っ張り合いを解消するための手段として考えられた策だ。記者にとっては「いきなり」かもしれないが、実際はいきなりでもなんでもない。これがマドンナの何と同じ?

 

*仰天発言の数々も同じです。「鳥取県議なんて6人でいい」「今の日本の政治で一番重要なのは独裁」「尊敬する昆虫はゴキブリ。すぐに逃げて危機感がすごい」と発言したのは橋下市長ですが、マドンナもメディアに「記事を読むなら壁の花になるブスなんかより、尻軽娘の話の方が面白いんじゃない?。私ならそう思うわね」と答えました。

 

マスコミはこうして前後を切り取って本人の意図するところではない部分ばかりをクローズアップするから嫌らしい。こんなふうだからネットで反論なり修正、付け足しが必要になる。鳥取県議の件は、「どこも県議数が多い」とか「人口に合った県議の数にすればいい」という意味の極端な言いまわしだし、「独裁」発言は、あまりにものごとが進まない、動かない現在の政治状況に対する問題提起だ。ゴキブリ発言は危機感が薄れている現代人を揶揄しただけだろう。まあいずれも上品な表現とは言えないのは確かだが、マスコミがこうした刺激的な発言しか取り上げないから、橋下氏も計算して批判されそうな表現を使っているのだろう。

 

*さらに面白いのは、2人とも教育関係者から目の敵(かたき)にされた経験がある点です。橋下市長は日教組がはびこる教育現場を大胆に改革すると表明し、旧勢力から非難を浴び、マドンナは80年代、露骨な性表現や、女性は男に媚びないと成功できないかのようなイメージを広めたとして、教育関係者や女性の権利向上団体から集中砲火を浴びました。

 

いやはや。教育関係者というのは日教組も、そうでない普通の先生も教育委員会も保護者も女性の権利向上団体も、批判する側もされる側もごちゃまぜ?これで共通項としているのが恐ろしい。

 

* ひとつ違うところといえば、橋下市長が自分に対する非難にいちいち反論するのに対して、マドンナはどんな非難にも悠然とかまえ、下半身にまつわる醜聞をぶつけられても「頂点に上るために踏みつけてきた男たちは、みんな私を取り戻そうとするのよ」と言ってのけました。

 

これは酷いにもほどがある。 政治の政策、手法などの批判を受け、それに対する反論をするのと、マドンナがどんな非難も悠然とかまえているのとを同次元で語るとは・・・。橋下氏は自身の意見を有権者に知ってもらうために反論する。自分が意図することと違うことを記者に書かれたり、キャスターやコメンテーターに言われたりするのを、悠然と構えて何もしないことがいいとでも?とんでもない話の飛躍に驚く。ハリウッド映画も真っ青な展開だ。

 

*2人の手法は「世間に衝撃を与え、感情を損ない続けることで注目を浴びてきた。

 

すみません。マドンナが誰の、橋下氏が誰の感情を損なっているのでしょう。まさか・・・取材者とかマスコミ関係者?(笑)

 

*2人とも常にスキャンダルと背中合わせの危険な日々を送っているのも事実です。橋下市長はいわずもがな。

 

えっと、「常にスキャンダルと背中合わせ」って、橋下市長のどんなスキャンダルのことだろう。【スキャンダルとは、名声を汚すような不祥事不正事件。また、情事などのうわさ。醜聞。「―が発覚する」「政界―」】(デジタル大辞泉より)

いわずもがなって、橋下市長にスキャンダルネタがあったとはまったく知らなかった。愛人?隠し子?賄賂?

 

*しかし2人はこれからもしたたかに世間を渡るに違いありません。「自分がパワフルだと感じるのって素敵!。一生それを追求するつもりよ。だれでも権力を求めてるんじゃないの?」。これはマドンナの発言ですが、橋下市長もいつか同じようなことを言いそうですよね!

 

最後に極めつけのこじつけ弾を放っている。

「橋下市長もいつか同じようなことを言いそうですよね!」って、本人が言ってないことまで「言いそう」だとか。

あなたはサイババか!!

 

 

 

あまりのハチャメチャ記事に釣られてしまったのか?、私・・・

しかしこういう記事、エンタメだからって許されるものだろうか。

いくら関西と言えどおもしろければなんでもいいってもんでもないと思うが。

(まったくおもろないし)

 

でも、橋下氏は男マドンナと言われて意外と喜んでるかもしれない(^_^;)

 

 

 

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在日朝鮮人には向上心が強い人が多い ニュース記事に関連したブログ

2012/02/01 11:32

 

あくまでも私が知っている範囲ではあるが、やはり在日朝鮮人は向上心が強くタフな精神力を持つ人が多い。もちろん日本人でもいろいろなタイプがあるように、在日朝鮮人を一括りにはできないことをあらかじめ断っておく。また向上心の強さが良い方のみに作用するわけでもなく、同時に悪い面が見え隠れすることも付け加えたい。

 

夫の会社(IT零細企業)で去年新卒採用したのが専門学校を卒業した在日韓国人の若者だった。知人の専門学校の先生から優秀だから採ってくれと頼まれたが、即決せず応募者を一通り面接をした上で結局その若者に決めたそうだ。採用から1年弱。本当にスキルも高く、新しい試みにも「やってみます」と臆せず挑み、自費で書籍を買い勉強しながら夫の高度な要求にも応えてくるらしい。またこの間、独学で難しいとされている資格までとったという。

 

仕事の仕方をみると、これまでの社員とはどうも基準値が違うようだ。今までは、どんどんと進む新しい技術を覚えてもらうのに、会社がセミナーに行かせたり、書籍を購入し、「覚えたくないけど、仕方ないからやったろか」的な、とても前向きとは言えない態度。酷い場合は「覚える気はありません」とキッパリと断る社員もいたとか。で、夫もあーだこーだと説得するのがめんどくさくなって自ら覚えたというケースもあった。(「できません」「やりません」という社員さえ辞めさせられないのが今の法律だ) これでは、スキルの差で、こなせる仕事の差も出てくる。報酬だって新卒の若者が飛び級で上がってもおかしくない。

 

新入社員の在日韓国人の若者とこれまでの社員との違いは、仕事を「自分のもの」と捉えるか、「会社にやらされるもの」と捉えるかの違いだ。おそらく新卒の若者は、何年か後もっといい会社へとステップアップし、いずれは独立を目指しているはずだ。

 

その若者の話では、親戚の中では自分が一番の落ちこぼれだという。在日韓国人だからこそ、日本人と同じようにしていてはいけないと教え込まれているのだ。彼らは単に要求しているばかりでない。もっと勉強して、もっと働いて、自らや在日同胞の地位を高めるための努力もしている。

 

ただし人によっては、目標を達成する過程において、フェアじゃなかったり、ゴリ推ししたり、ゴネ得に走ったり、酷い時には法を破ったりと、少々無茶があることも事実だと思う。

 

 

今の日本人はあらゆる面で危機意識が低いのだろう。

在日朝鮮人に限らず、外国から日本に働きにくる人たちは、生きる(食べる)ことに真剣だ。このご時勢、日本人だっていつご飯が食べられなくなるか、会社が潰れるか、リストラされるかなど、何の補償もないというのに危機感は薄い。莫大な借金を抱えながら税金で食べてる人が良い暮らしをし、それを止めることさえできない。失業したら国や自治体がなんとかしてくれるとぼんやりと考えている。外国人はそのような甘えを持てない環境にあるため、自然と自立意識が高まる。仕事の姿勢に差が出て何の不思議もない。

 

夫の会社も吹けば飛ぶような小さな会社だ。いつ仕事がなくなるかもわからない。会社が無くなったとき、次の職場がすぐ見つかるのはその新人君とほんの数名ほどだろう。それはまさに、今している仕事が「自分の仕事」か、はたまた「会社にさせられている仕事」かの、認識の違いで振り分けられる。

まあその時は、誰よりもうちが大変なのだけど~ガハハハ(^_^;)・・・(-_-;)・・・はぁ

 

 

 

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その頃苦しかったのは在日だけじゃない ニュース記事に関連したブログ

2012/01/31 09:54

 

サクセスストーリーでは子どもの頃の境遇が悲惨であればあるほどいい。そして、実際に孫氏が子どもの頃に受けた辛い体験が成功への原動力になったことは間違いないだろう。けれどはっきりと断言する。苦しかったのは何も在日朝鮮人だけではない。日本人だって負けず劣らず生きることが大変だった。もっと言えば、日本から新天地を求め他国へと移り住んだ人たちだって差別を受けながらも大変苦労されている。何も在日朝鮮人だけではない。このように、在日朝鮮人差別せよ慰安婦の件にせよ、辛く苦しかったのは朝鮮人、朝鮮人はかわいそうな被害者、というような印象にもっていくのはフェアではないといつも感じる。

 

私の父(43歳で他界)方の家族は戦争中満州にいた。戦争に負けて引き揚げのとき財産はすべて没収。ほとんど手ぶら状態で日本へと帰ってきた。生きて帰ってこれただけもうけものだったという。祖父の田舎に帰郷してみると、実母が亡くなり、すぐ後妻が入っていて子どもまでできていた。そこには祖父家族の居場所などこれっぽっちもありはしなかった。終戦のとき、長男である父は小学校にあがるかあがらないかの年齢。それに2歳年上の姉、乳飲み子の弟。子ども3人をかかえ、それこそ食うや食わずの大変な時期を過ごしている。父は学校などほんとんど通えなかった。私の父も母も最終学歴は中学校だ。もちろん勉強が嫌いなわけでも、頭が悪かったわけでもない。その頃の田舎ではそれが普通だったのだ。それから祖父は身を粉にして働き、家族がなんとか暮らせるようになった。時代が下り、このまま田舎にいても苦しい生活が続くだけだと一念発起し、それこそ昭和30年代に関西に出て来たのだ。程度の差こそあれこんな話はそこらへんにごろごろと落ちている。

 

祖父は在日朝鮮人を嫌っていた。孫氏からみれば差別していた側だ。しかしそれにはやはり訳がある。それは戦後すぐの朝鮮人たちの振る舞いがどうであったかを少し調べればわかる。そうした経緯も言わずに、高校も出てアメリカの大学にまで行けている人が自分たちは差別を受けて辛酸を舐めたなんていうのだから、亡くなった父が生きていたらちゃんちゃらおかしいと言っただろう。はっきり言って在日朝鮮人を恐れていたのは日本人の方だ。

 

しかも彼らの家族は、ずっと日本にいたのではなく戦後少し経ち、自ら選択して日本に活路を求めてきたのだ。ご両親は苦労も覚悟の上だっただろう。それでも、孫氏が子どもの頃辛いと感じ、被害者だと教えられ、そう歩んできたのだから、それが孫氏の現実であり否定するものではない。ただ、在日朝鮮人だけが大変な苦労をしたかと言えばそれは違うとだけは言っておきたい。

 

 

しかしながら、確かに在日朝鮮人のバイタリティに現代の日本人が学ぶべきところは多々ある。次のエントリーではそのことを書きたいと思う。

 

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